旧ソ連機で東シベリアへ!ロシア現地ミッション、投資決断・・・の巻!

2021年9月26日から10月3日まで、ロシアへ行ってきました!目的地は東シベリアのイルクーツクと、その先にある小さな町。そして帰路に立ち寄ったウラジオストクです。観光だけなら、ここまで遠くへは来ません。自分の目で現場を見て、新規事業へ投資するかどうかを決めるための8日間でした。
氷点下2℃の雪、旧ソ連製のプロペラ機、休館日だった公共浴場、シベリア抑留日本人墓地、バイカル湖、100℃の貸切サウナ。そして、乾杯からつながった人たち。知らない土地へ飛び込むと、資料を読んでいるだけでは見えないものが次々に現れます。ロシア現地ミッション、出発です!
投資額が大きいほど、誰かの説明だけで決めるわけにはいきません。設備だけでなく、その町で人がどう暮らし、仕事を続けられる環境があるのかまで見る。最後は自分が責任を負うからこそ、遠くても現地へ行き、自分の感覚で判断します。
9月26日、ひとりでイルクーツクへ!
ウラジオストクで入国し、PCRの陰性証明を提示。唾液と鼻腔の検査を受け、そのまま国内線へ乗り継ぎました。多くの日本人がユジノサハリンスク行きへ向かうなか、イルクーツク便へ進んだ日本人は私ひとり。満席の機内で4時間を超えるフライトを終え、夜の東シベリアへ到着しました。
出張先では、まずローカルビールで乾杯するのが私の楽しみです。夜中は酒類を販売しないと聞いて心配していましたが、無事に一杯にありつけました。ここから先は、日本語の通じない環境で現場を見て、自分で判断します。ひとりで動ける出張は、やっぱり面白い!
国際線ではほとんどの人がマスクを着けていた一方、国内線では着用している人がほとんどいません。同じ旅程でも、乗り継いだ瞬間に空気が大きく変わります。慣れた人が隣にいない移動は不便ですが、その分、自分で見て考える感覚が研ぎ澄まされます。


旧ソ連製のプロペラ機で、さらに奥地へ!
翌9月27日、旧ソ連製のプロペラ機へ乗り込み、シベリアの小さな町へ向かいました。30年前の中古車が走り、ブラウン管テレビも現役。日本人を見かけない環境へ入り、いよいよ新規事業の現場に立ちました。
目的は、この町で新規事業を立ち上げられるか確かめることです。設備や数字だけでなく、この土地で働く人や暮らしも見ます。日の丸を手に、誰も自分を知らない場所でゼロから動く。中国へ初めて出た頃のような緊張と高揚が戻ってきます。
言葉が十分に通じなくても、会えば相手の空気は分かります。身構えていた私に、現地の人たちは偏見なく親切に接してくれました。「ロシア」という名前から抱く印象と、目の前の一人ひとりは違います。知らない土地だからこそ、先入観より自分の実感を信じます。

氷点下2℃でも、ネットは爆速!
9月28日は氷点下2℃、雪が降りました。旧ソ連を思わせる無機質な集合住宅が並ぶ一方、町には洒落たカフェもあります。パソコンを開けばインターネットは速く、仕事に支障はありませんでした。
外から見た印象と、そこで暮らして分かる便利さは違います。寒さも、建物も、人との距離も、画面越しには測れません。短い滞在でも実際に歩けば、「ロシア」という大きな言葉では括れない日常が見えてきました。
雪が残る通りからカフェへ入り、いつもの仕事を進めます。旅先で特別な時間だけを見るのではなく、普段どおりにパソコンを開いてみる。通信環境や店の居心地まで試すと、この場所で仕事を続ける姿が少しずつ具体的になります。


2km歩いてバーニャへ!ところが、休館日!
これほど寒い国なら、きっとサウナが暮らしに根づいているはず。9月29日、3時間ほど空いたので、カフェの店員さんにロシア式サウナ「バーニャ」のことを聞きました。サウナ、水風呂、休憩場所が一体になった個室を1時間単位で借り、友人や家族と楽しむのがロシア流。5人ほどで使える部屋が1時間1,000ルーブル、約1,500円です。
貸切は前日までの予約が基本ですが、この町には予約なしでも入れる公共のバーニャが1軒あると分かりました。Googleマップでは約2km。氷点下の町を歩いて身体を冷やしてから熱いサウナへ入れば、きっと最高です。知らない町でも、面白そうだと思ったら自分の足で向かいます。
道に迷い、身体をキンキンに冷やして、ようやく寂しげな建物へ到着。ところが、月曜から水曜の昼は休館でした・・・。思いどおりにならないから、現地突撃は面白い。空振りも含めて、この町でしか得られない体験です。今日のフライトで大都市へ戻ったら、必ず再挑戦します!


抑留日本人墓地で手を合わせ、投資を決めた
9月30日、イルクーツク市内から乗合バンで約1時間。リストヴァンカ村へ着いてから、さらに坂道を30分ほど歩き、シベリア抑留日本人墓地を訪ねました。ひとりの日本人として、シベリアの土となった一人ひとりを追悼しました。
先人の苦労と犠牲の上に、今の豊かな日本があります。そして私は今、日本人として海外へ出て、堂々と仕事に挑戦できています。言葉にしきれない思いを抱きながら手を合わせ、今回の現場で見たこと、会った人、確かめた数字をもう一度考えました。なかなかの投資額です。それでも、新規事業への投資を決断しました。勢いだけではなく、自分の足でここまで来て決めた答えです。
海外で新しいことを始められるのは、決して当たり前ではありません。ここまで来て、歴史の重さと、自分が今持っている自由の大きさを同時に感じました。だからこそ、決めた以上は浮つかず、しっかり地に足をつけて事業を動かします。シベリアで確かめるべきことを確かめ、現地ミッションは完了です。


バイカル湖で、ミッション完了のソロ乾杯!
決断を終えたあとは、世界遺産・バイカル湖へ。桟橋から湖面へ降り、手を入れてみると、体感では5℃ほどの冷たさでした。対岸の山には雪が積もっています。
目の前に広がる湖を眺めながら、ひとりで乾杯しました。ここでテントサウナをして、そのまま湖へ飛び込んだら気持ちよさそうだ――そんなことを考えられるくらい、張り詰めていた気持ちがほどけました。東シベリアで確かめるべきことは、すべて確かめました!


今度こそ入った!100℃の貸切サウナ!
10月1日、ウラジオストクでバーニャへ再挑戦しました。ホテルの近くにあると聞き、Googleマップを頼りに草藪の小道と坂道を進みます。ようやく見つけた建物へ入ると、おばちゃんが犬と一緒にテレビを見ていました。「ひとりで入るの?」という顔をされましたが、そのまま突入です!
1時間1,800ルーブル、約2,700円を払い、案内されたのは日本なら20人は入れそうな個室と、足がつかないほど深い大きなプールでした。丘の上にあるため、窓の向こうには港と軍艦まで見えます。休館日で終わった前回とは一転、想像以上に贅沢な貸切空間です。
準備が始まると、わずか5分ほどで室温は100℃へ。ひとりで黙々とロウリュをして、冷たいプールへ飛び込みます。広すぎて少し寂しいけれど、それも含めて忘れられない体験になりました。東シベリアで果たせなかったサウナ突撃、ウラジオストクで無事成功です!



よく遊び、よく働く。ウラジオストクの一日!
10月2日、ウラジオストク港には大勢のライダーとバイクが集まっていました。言葉は分からなくても、好きなものを前にした人の楽しさは伝わります。周囲の「規格」に合わせて好きなことを手放すより、人生は楽しんだ者勝ち。現地のおじさんたちを見ていると、そんな当たり前のことを思い出しました。
子どもの頃は、誰でも好きなことへ夢中になりました。走る、描く、ゲームへ没頭する。それをいつの間にか抑えることが「大人しくなる」なら、目の前のライダーたちの方が、よほど自分の人生に正直です。仕事も挑戦も、人生を楽しむためにあります。
午後は中心部のコワーキングスペースへ移動しました。1日300ルーブル、約450円。速いインターネットとお茶を使いながら仕事を進めます。海外にいても、遊ぶ時間と働く時間を自分で組み立てる。よく遊び、よく働く。場所が変われば、いつもの仕事にも新しい発想が生まれます。




乾杯しなければ、未来は何も変わらない!
その夜は、ロシア人の弁護士、インド人のビジネスマン、北朝鮮の外交部官と乾杯しました。肩書きも国籍も、同じテーブルで飲めば距離が縮まります。話が合えば仕事につながるかもしれないし、ただ楽しく飲んで終わるかもしれません。それでいいのです。
大事なのは、最初の一杯を交わさなければ、未来は何も変わらないということです。かつて中国現地法人をつくる前も、その国のことを何も知らないところから始めました。今回も同じです。まず現地へ行き、会い、話し、乾杯する。そこから次の挑戦が始まります!
環境が完全に整うのを待っていたら、動いている人たちとの差は広がります。日本人はもっと海外へ出られる。私も日の丸を手に、知らない土地へ飛び込みます。最初から答えを持っている必要はありません。会う前にはなかった関係を、一つずつつくればいいのです。

10月3日、日本帰国!次は、事業を動かす!
ロシアでの検査は陰性、日本入国時の検査も陰性。窓の外に日本列島が見えた時、帰ってきた安心感が込み上げました。成田空港で一連の手続きを終え、10日間の自宅待機へ入りました。
旧ソ連製のプロペラ機で入った東シベリアの町には、事業資料だけでは分からない暮らしと人の温度がありました。寒さも、空振りも、出会いも含めて、自分で現地へ行ったから決断できました。ロシア現地ミッションは完了。ここからは、決めた新規事業を地に足をつけて動かします!
遠いから、言葉が通じないから、今は移動しにくいから――行かない理由はいくらでもつくれます。でも、行かなければ出会えない人がいて、確かめられない現場があります。今回の8日間で持ち帰ったのは、写真や数字だけではありません。自分で決めたという覚悟です。

