広州現地法人、閉鎖完了!でも、広州の仕事はまだまだ続けます!

広州現地法人の閉鎖手続きを終えた行政窓口前の佐藤大介

広州現地法人の閉鎖手続きが、ようやくすべて完了しました!これは、失敗を隠すための撤退でも、中国から仕事を引き揚げる話でもありません。次へ進むために、残すものと手放すものを決めた事業再編です。

広州で積み重ねた9年間には、社員、お客様、友人、市場や工場で出会った人たちとの記憶があります。愛着がある。やめるのは寂しい。それでも、経営者は「ここまで頑張ったから」だけで会社を残すことはできません。感情から逃げず、最後は構造で決めました。

2畳の部屋から、広州の市場へ飛び込んだ!

広州事業を立ち上げた頃、最初の半年は2畳ほどの極狭アパートで暮らしました。毎日のように市場へ入り、商品を見て、取引できる工場を自分の足で開拓しました。新しい土地で支社をつくるのは、もう一度ゼロから起業するようなものでした。

広州でも日本資本100%の体制を守り、税務登記と発票の発行ができる支社をつくりました。正式に会社を持つのは、看板が欲しかったからではありません。お客様との取引を正式な形で支え、長く続く事業にしたかったからです。

仕入れツアーは40回を超え、現地仕入れをアテンドしたお客様は延べ1,500名を超えました。市場を歩き、工場で交渉し、夜は食卓を囲む。その積み重ねで会員様に育てていただき、広州にも大勢の友人ができました。だから、この拠点を閉じる決断は簡単ではありませんでした。

広州支社の開設時に営業許可証を手にする佐藤大介

やれることをやっても、収益化できない!

もちろん、簡単に諦めたわけではありません。オフィスを市中心部へ移し、アパレル、革製品、バッグの問屋街や、広東省内の工場へ動きやすい体制もつくりました。仕入れだけでなく、検査や出張検品まで、広州で提供できる仕事を増やしました。現地社員も、その仕事を支え続けてくれました。

それでも、広州支社は収益化できませんでした。以前の私は、「ここまで頑張ってきた」「もう少し続ければ何とかなる」と考え、撤退の決断を先へ延ばしがちでした。しかし、時間は限られています。やり方を変える。それでも駄目なら、やめる。勢いではなく、事業の構造と向き合いました。

オンライン取引が成熟し、義烏側で業務を一元管理できる体制も整いました。一方で、広州のような大都市は行政規制が厳しく、日系企業には高い水準の対応が求められます。広州に法人を置き続ける意味と、そのために使う人、時間、費用を見直した結果、閉鎖を決めました。

広州市中心部のオフィスで働く現地社員

約6,000万円。責任は、社員ではなく私にある!

広州支社の閉鎖に必要なコストは、約6,000万円です。これは社員の責任ではありません。人を採用し、拠点をつくり、続けると決め、そして閉じると判断した私の経営責任です。だから、ポケットマネーから補填すると決めました。

利益がないまま事業を続けても、お客様や社会へ十分な価値を返し続けることはできません。愛着があるから残すのではなく、限られた資源を、より価値を生める場所へ移す。数字の痛みも、社員へ生じる負担も、自分の判断から逃げずに引き受けて前へ進みます。

閉鎖準備で荷物や段ボールが残る広州オフィス
撤収が進み机と椅子だけになった広州オフィス

会社をつくるより、きちんと閉じる方が重い!

支社という名前でも、実務は法人を丸ごと閉じるのとほぼ同じでした。従業員への補償、労働局の許可、清算決算、税務当局との折衝、当局の承認。どれか一つだけ終わればよいのではなく、必要な工程を順番に、一つずつ完了させなければなりません。

会社をつくるときは、これから始まる期待があります。閉じるときは、過去の取引、人、契約、税務をすべて整理する責任があります。想像以上にエネルギーを使いましたが、最後まで投げ出さず、閉鎖手続きをすべて終えました。いやー、大変でした!でも、これも次の経営に必ず生きる経験です。

閉鎖した広州支社の営業許可証

5法人を2法人へ。拡大より、会員価値を選ぶ!

これまで中国本土では、支社を含めて5法人を経営してきました。これを2法人へ集約します。以前の私は、拠点や会社が増えていくこと自体に面白さを感じていました。今の基準は違います。イーウーパスポート会員の皆さまへ、どれだけ価値を返せるかです。

管理部門をスリムにすれば、その分の人と時間を、営業力、現場力、サービス品質へ集中できます。削減できたコストも、会員向けサービスの強化と、新しい価値づくりへ再投資します。閉じることをゴールにせず、次の成長へ力を集めます!

閉じるのは法人。市場と工場への仕事は残す!

今回の決断は、日中関係を理由に中国から引き揚げる話ではありません。広州でのアテンド、仕入れ代行、工場開拓は、これまでどおり続けます。法人の数を減らしても、市場へ入り、商品を手に取り、工場と交渉する仕事はなくなりません。

清算を進めている間も、広州では仕入れツアーを続けました。革小物やバッグの問屋で商品を確かめ、OEMや工場開拓を社員がマンツーマンで支える。広州で積み重ねた経験と人のつながりは、法人の閉鎖と一緒に消えるものではありません。

40回を超えるツアーと、延べ1,500名を超えるアテンドで得た現場の知識を、これからもお客様の商売へ返していきます。広州で商品を探し、工場を開拓し、次に売れるものを一緒につくる。ここは、まだまだ続けます!

広州の革小物問屋で参加者へ商品を説明する佐藤大介
広州のバッグ問屋で参加者と商品を確認する佐藤大介
広州仕入れツアーの参加者と現地担当者を囲んだ会食

広東料理を囲み、次の商売を話す!

閉鎖手続きが完了した日にも、広州ではお客様の仕入れアテンドが動いていました。夜は私も合流し、お客様と一緒に広東料理を囲みました。法人を閉じた報告だけで一日を終えるのではなく、目の前のお客様と次の商売を話せたことが、広州の仕事は続くという何よりの答えでした。

会社の数を減らすことと、挑戦を減らすことは同じではありません。必要なものへ力を集め、現場の支援をもっと強くする。広州で培ったものを次の価値に変え、さらに力をつけた体制でサポートしていきます!

お客様と囲んだ広東料理の魚料理
広東料理店で供された趣向を凝らした一皿
お客様と囲んだ広東料理の一皿